熊手かき

読書好きの日常

書を読むということ「静寂 ある殺人者の記録」

 読了。久しぶりに翻訳物を読みました。でも違和感なし。翻訳物ってたまにすごく違和感のある日本語で落ち着かないんですよね。それがなかったのでするする読めました。名前でちょっと苦労するところはありましたが、メインどころは読みやすい名前だったから慣れないわたしには助かりました。

 

 ある日、過疎の村で1人の子供が生まれた。何をやっても泣きやまない赤子。唯一泣き止むのは母と離れた時だけ。蝶の羽ばたきさえ聞こえるほどの聴力を与えられた赤子。それがわかった日から深い絶望と愛の葛藤が始まる。「わたしを愛して」と目の前で自殺した母。そこから少年の愛と死を与えるものとしての一生が始まった。死を与えること、それは癒し、愛を与えることとなんの違いがあるというのか。狭い村を出て、死を繰り返し進む少年は1人の少女と出会う。その出会いが少年を変えた。死を与えるものから愛を与えようとするものへ。真摯に愛と向き合った殺人者の物語。

 

 悲しい物語だ。そして希望に溢れた話でもあった。途中、主人公のカールが修道会にいる時がありますが、すごく象徴的だと思いました。神の2面性とカールの精神がシンクロして。あの数年があったからこそ最後の希望に行き着けた。少女、マリーとの邂逅はわずかだけど、彼は愛をしっかりとその手につかんだ。死と隣り合わせのものではなく、純粋に愛として。ただ、やっぱり宗教だねと思う部分も無きにしも非ず。それはわたしが日本人だから出る感想だと思います。

 

 この本には表面上の善悪はあるけれど、本質的な善悪はない。ファイト氏は悪に見えるけれど、俗物に書かれているだけな気がする。追う側のシューベルトもカールを追ってはいるけれど、善人として追っているわけではない。最初はそうだったとしても、途中からはマリーのため。愛のために追っている。そう考えるとこの本はそれぞれの愛の形を表現した本で、殺人なんて二の次。だから描写もあっさりしてるしね。愛ってこんなにたくさんの形があるんだ。誰が素晴らしいわけでもなく、尊いわけでもない。ただ、愛がある。潔いまでの描写は余計なものがないぶん読みやすいし納得しやすい。面白い作品でした。

 

 人を愛することに迷った時、たっくんとの関係に迷った時、この本をまた開きたいと思います。1番悲しい母性愛の物語でもあるから。これに比べればまだ幸せだと少し慰められるから。ずるいですけどね。

 

静寂 (ある殺人者の記録)

静寂 (ある殺人者の記録)